初めてこの動画を見た時、心の中で『オーバーでしょ!』と思いましたが、動画の中で一人、また一人とみんなが同じ反応をしている姿を見て信じました。しかしそれよりも、『なぜエコが強みである電動自動車が、速さを強調する必要があるのか?』ということが気になりました。
私を信じさせたこの動画は、Tesla自動車の新型車Model S P85Dが発表した新たなドライビング機能である『インセインモード Insane Mode』のサイドショットの試乗動画です。名前どおりのこのモードは、自動車を静止状態から時速96 kmまで加速させるのにかかる時間がなんとたった3.2秒!
3.2秒と言われても実際なかなか理解しにくく、スーパーカーと同じ位の速さかなと思う程度でしょう。しかしそれってクレイジー?では見てみましょう。
『どうせこの人たちは選ばれた役者さんでしょ』と思うかもしれませんね。そこで、もうちょっと“平静な”人を探してみました。すると、Teslaの創始者であるElon Muskが自ら運転し、Bloombergの記者が試乗した動画を見つけました。う~ん、そこまで芝居がかった反応ではありません。しかしこの記者もやはりジェットコースターに乗っているように、叫んだだけでなく、よく見かける『思わず出てしまう笑い』の反応を見せました。
他にも、実力十分、同様に691馬力を持ちながら、しかし0~96km/hとさらに速く、たった2.9秒のLamborghini Aventador、ガソリンで走るスーパーカーの登場です。スーパーカーの世界では常に勝ち組ですが、スタートの瞬間は見ての通り雷に打たれたように、加速の後半になってやっと追いつきます。
『P85Dは本当に速い』これは疑いようがないでしょう。ただ、Teslaは何を考えているのか、なぜ『スピード』を強調するのでしょう?
この問題に答える前に、まず考えてみて下さい。もしあなたがTeslaのブランドマネージャーだとして、Tesla P85Dをどう位置づけますか
- 地上で最も速く加速する『スーパーカー』ですか?
- それとも最も速く加速する『電動自動車』ですか?
気づきましたか?この両者の違いは、セグメテーションにあります。一方はスーパーカー、一方は電気自動車で、二つを混同して議論できません。理由はいたってシンプルです。P85Dがどれだけ速く加速しても、やはりスーパーカーと呼ばれるに足りません!また、もしスーパーカーと並べて比較した場合、0~100の加速だけでなく、誰もが認めるスーパーカーに必須とされる『300km以上の超高速、注目を集める超流線形の外観、テンションがぐんぐん上がる轟き、地上を飛ぶようなスーパードライビング』の“標準装備”が、P85Dには全くありません!さらに、スーパーカーは『常にメーターを気にしてあとどれだけ走れるか』という純電動自動特有のマイル不安障害の心配がありません。(別のスーパーカーをベースとした純電動自動車 M. Benz SLS AMG Electric Driveは、激しい運転状況下で、たった7分間に44%の電力を消費し、まさに電気消費モンスター。その上ガソリン版よりもさらに高額です!!!)
▲ガソリン版をベースに作られた双子の電動スーパーカー(右)は性能も徹底している。
電動自動車が速さを強調するってどういうこと?
競争の範囲を電動自動車に限定して比較した場合、比較するのはスーパーカーの特徴ではなく、走行距離、充電の便利さ、充電にかかる時間です。リングが変われば、Teslaの各方面におけるパフォーマンスは、必ずしもトップではなくなるのです。
目的は『特徴を披露すること』にある
特徴を披露する目的は、スーパーカーのビジネスを脅かすことではありません。純電動自動車の世界でトップであることを示す。それで十分なのです。
この『インセインモード』は実用的ではないかもしれません(先ほどのM. Benz SLSの例のように、純電動自動車はたった1~20分スピードを飛ばすだけで何時間も充電が必要です)。実際の環境でも許されませんし、ずっとこのような方法で運転する事などありえないでしょう。しかし、この非実用的な機能はそれを必要とした時に、ナイフでバターを切るように楽々とスーパーカーの動作をやってのけます。また同時に、これは競争相手が短時間では容易に越えられない壁となっているのです。消費者に対し、Teslaは長く走れるだけでなく、充電も早く、その上素晴らしい機能もある!という印象を与えています。
これはiPhoneの、タッチ操作からSiri、クラウドサービス、Touch IDまでの進化と同様で、競争における優勢をキープするためです。競争は常にとどまることを知らず、優位点がそのまま優位点としてあり続けることはありません。一度競争相手が追いつけば、もとの優位点はそのカテゴリーにおいて皆が持つ共通の条件となり、優位点ではなくなるのです。
競争相手を間違えてはいけない
つまり、敵の見定めはとても重要です。決してリングを間違えてはいけません。自分がフェザー級の王者なのに、ヘビー級に行ってしまえばちっぽけに見られてしまいます。競争相手が誰なのかはっきりと見極め、常に競争相手よりも一歩リードしなければ、トップの地位をキープし続ける事はできないのです。