初めてこのポスターを目にする方は、虫眼鏡を手にとって「真ん中のあれは一体なんだろう?」と、目を凝らして見てみたくなることでしょう。あえてはっきり見せないという奇想天外な映画のマーケティングスタイル。一体どんな内容なのでしょうか?
《アントマン》は、今年7月に上映予定の、「史上最小のスーパーヒーロー」を謳った映画です。アベンジャーズでおなじみの、マーベル・コミックの作品で、「アントマンの戦闘スーツを着ることで、アリのサイズにまで縮むと同時に、巨大な力が備わる」という矛盾の塊のようなストーリーが印象的です。まずは映画の予告をチェックして、そのパワーを感じてください。
▲アイアンマンの戦闘スーツ。
▲着るとアリのサイズにまで縮むことができる。
アントマンは、当初から「アリが見る世界」というあり得ない視点でマーケティングを進めました。最初の予告動画のターゲットは、お金を払って映画を見に行く人間ではなく、なんとアリ!史上初のアリに向けた予告動画と称し、これを実現させたのです。全く人間を無視した動画で(以下の動画)、それから4日後にようやく「人間用拡大バージョン」が公開されました。
これは「予告で別の予告を予告する」という手法です。実に巧妙で、話題性もあり、多くの人の注目を集めることに成功しました。
YouTube動画やポスターといった、映画の常用マーケティング手法を利用するだけでなく、屋外広告も忘れてはいません。アントマンは、オーストラリアの人通りの多い屋外を選び、バス停の看板、T字バー…等の広告を掲載。やはり、同じようにありえない小ささです。
▲通常のバス停の隣にアントマンのバス停が。とってもキュート。
▲道端にひっそりと建てられた目立たないT字バー看板。
意図的な「小ささ」
こういった、小さな力で大きな効果を得るような注目の集め方は、昔から非常に効果的な方法とされています。これまでにも素晴らしい効果を上げた例があります。世界自然保護基金(WWF)は、設立50周年の際、再度、人々に熱帯雨林の問題に関心を持ってもらうよう喚起する目的で、かつて何百回と繰り返されてきた叙述スタイルから脱却し、リアルな「アリのデモ」という、これまでに無い表現法を採用しました!
WWFは、レーザーカット技術を利用して、アリたちが毎日運ぶ葉っぱに伝えたいメッセージを小さな文字で刻みました。例えば、「樹木を守ろう、森のために、伐採禁止、今すぐ募金を…」などなど。なんと、これらのメッセージが刻まれた葉っぱを本当にアリの兵隊たちに担がせ、森の中でデモを行ったのです。本当に驚きですよね!
▲アリたちがメッセージを刻んだ葉っぱを運び、ジャングルの重要性に目を向けるよう人々に訴えかける。さすがに無視できません!
特別だからこそ、広く注目を集めることができる
現代の消費者の一人として、毎日あらゆる情報を受信している私たちは、ものの1秒で「この情報が見るに値するかどうか」を判断する能力を見につけています。そのため、ラバーダックのように、見ずにはいられないほど巨大なものから、ハエの宣伝隊のようにうっとうしく目の前を行き来するものまで、ブランド側もまた知恵を絞りながら、異なる方法で同じ情報を伝えなければならないのです。
ドイツの出版社Eichbornは、フランクフルト・ブックフェアで200匹のハエに体とほぼ同じサイズの「ハエ出版社」と記された広告タグをつけ、広告として利用しました。広告を装着した生きた広告隊たちが会場内を飛び交い、ぴったりのターゲットを見つけるとそこに着地(実際は「重荷」をつけたハエたちも疲れるため)します。会場を歩いていれば、自ら飛び回る小さなフライヤーに気づかずにはいられません。あるいは、異物が自分の体に落ちてくれば払いのけますし、突然目の前に何かが飛んでくれば注目して避けようとするものです。理由は何であれ、視界に入れるという目的は達成できるわけです。それに、このEichborn社のロゴは、まさにハエなのです。(参考:G!VOICE、Vol 29 ゲームショーをこうしてマーケティングしては?)
アントマンの例のように、ブランドが工夫を凝らし、人々が通り過ぎても、見逃してしまいそうな小さな看板を現実の世界に設置してみたり、「アリのためのOOXX」といったニュースや動画を作ったりすれば、私たちもスクリーンを見て笑ってしまいますし、どんどんシェアされることで、より多くの人が目にするようになるのです。これこそが特別な力なのです。
アイデアとは、時としてこんなにも単純なのです。普通という枠を越えるだけで、史上最大であろうと史上最小であろうと、最遅、最速、最多、最少、最高、最安…、つまり、その他大勢と一線を画せばいいのです!
作者紹介
ネットマーケティング観察家 Mika
1960年代生まれ、消費性産業のマーケティング領域で数十年の経歴を持つ。
ブランド戦略から、プロダクトコンセプト確立、販売開始、立ち上げまで経験。
従来のマーケティングモデルのみならず、Web2.0、Social Mediaの変化にも注目している。