ここ数日(5/5)facebookで一気に広まったこの広告、内容は家族そろっての幸せな1枚の記念写真。ハンサムなパパ、美人のママ、しかし子供には両親の良いDNAがほぼ遺伝しておらず、平々凡々な見た目だけでなく、3人の子供たちは一目で同じ親から生まれたとわかるほど瓜二つ。「どうしてこんなことに」とモヤモヤしていたちょうどその時、大きく「あなたが心配しなければいけないのは、子供にどう説明するかだけ」というタイトルが書かれているのを見て、ようやく納得! なるほど、これは整形美容クリニックの広告で、両親の良いDNAが子供に遺伝しなかったのではなく、両親が整形して劇的に変わったからだったのです! この広告に添えられた絶妙なキャッチコピーには、確かに抱腹絶倒させられますが、それと同時に深い印象を与えます。率直にいうと、これは成功した広告であり、消費者とのコミュニケーションというブランドの目的を達しています。さらに、物議をかもすような表現方法によって、瞬く間にニュースや大衆の議論を巻き起こしました。例えばこの「差別か、それともオリジナリティか?」という簡単美整形クリニックの広告が引き起こした議論です。 MRTのUpaperの中の一広告というごく少ない予算のみで、短時間で爆発的にヒットしました。発端は広告、facebook、はたまたネットユーザーから次々と広まったEarned Media(費用をかけずに獲得するメディア)であれ、これはまさしく「広告として成功し、ブランドも利益を得た」例です。しかし、私はなぜこれが「歌はヒットして、歌手はヒットしない」作品のようだと感じてしまうのでしょうか? 問題は「簡単美は、身の丈に合わない広告アピールをしてしまった」ことにあります。 「人を美しくする」というのは全ての整形クリニックの基本項目であり、どのクリニックもこの言葉をぶら下げることができます。これはまるでレストランを開くならば美味しくなければならないというのが基本要素であるのと同様です。ただ、これはすべてのクリニックがこういった「地位」を獲得できることを示しているわけではありません。この基本項目をもって訴求することが可能であるブランドが、一般的にマーケットのトップブランドであるべきなのです。 「簡単美」はマーケットのトップブランドではなく、消費者にとっては以前に耳にしたことも無い名前でした。その「簡単美」がこの業界のマーケットの核心部分を占有しようとしたことについて、「私は自分の手がとても小さいことを分かっている。夢が沢山ありすぎて、抱えきれない」という林曉培の曲、『手太小』を送らずにはいられません。 これは私の杞憂ではなく、「簡単美」に対してのシビアな見解であり、「簡単美」の公式facebookページのファンの人数からも証明できます。2011年11月に開設し、この記事の投稿現在(5/6)、ファン人数はたった201人で、そのうち100人を超える人たちがこの数日でやっと増えたという形です。この広告をアップしたあるネットユーザーがいいね!された数は1600を超え、またシェアされた数も400を超えるという成績と比較して、広告そのものに対する関心とブランドに対する関心との格差は歴然としています。 台湾の広告の歴史を紐解いてみると、こういったケースは小さなブランドのみに留まらず、大きなケースでは、マクドナルドも同様の苦い経験をしています。